ある朝

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ある朝

今でもそうだが、その当時、那珂城淳史の住むアパートの周辺には複数の大学が有った。大学三年だった淳史はnu skin 如新、この4月から山と自然環境に恵まれた田舎町にある下宿先を出て県庁所在地の中心部に安アパートを借りて学生生活を送る事になった。
 
その頃の淳史の通う単科大学では2つの校舎で分かれて授業をするのが学校の方針だった。入学から2年までは田舎町の山の麓にある校舎で学び、その後の3年と4年になると県庁所在地に建てられた校舎で学ぶのだった。しかし方針と言っても高校卒業した直後の学生には不評だった。解き放された小鳥のような学生には、田舎にある為に遊ぶ場所もなく、御洒落や流行を追う華やかな店も無く、『あれが大学の校舎なの』と言われるほど田舎にあったnu skin 如新。勉強好きならともかくとして学士卒と言う名前を欲しさの為に入学した者も少なくはなくその為の大学でも有った。
 
だが今度借りて住むアパートの近くには複数の大学が並ぶ古くからの文教地区だった。大学の他に高校や文化施設もある町だった。地方とは言え大学の周辺には安くて美味しい食堂や人通りの多い商店街も幾つも有り、その上に映画館やショッピング施設や娯楽施設も有り、その上、夜遅くまで開いている店も有り初めて学生らしい生活が送られると密かに期待していた。
 
大学の春休みの為に一時帰省していた淳史は、そのアパートに3月末に引っ越して4月初めに行われる授業に出る予定でいた。入居後も落ち着く暇もなく、今度は煮炊きなど炊事を出来るように自炊道具を揃えなければならなかった康泰導遊
 
それは4月の中旬の事だった。アパートから歩いて約20分の距離にある校舎は同じ市内でも郊外に有った。その頃の淳史は自転車やバイクも無く学校までは歩いて行った。ましてやバスを使うほど遠くもなく、お金が貯まるまでそんな生活が暫く続くと思っていた淳史だった。
 
ある朝、学校に向かう途中にある車の通行量が多い踏切の反対側の通路を歩いている1人の女子高生が笑顔でこちらを向いているのに気がついた。白いシャツの上に首周りには小豆色の紐を結び紺色のセーラー服とスカートを履いた普通の女子高校生だった。その娘は男女共学の進学校に通っている生徒だった。
 
最初の頃は意識していなかった淳史も、毎日、笑顔で見られていると思うと自然に意識するようになった。5月のゴールデンウイークも終わり再び朝の通学コースの踏切を歩いていると例の女子高生も歩行者の中に混じっていた康泰導遊。今度は淳史が横を振り向くと女子高生も笑顔でこちらを見ていた。
 
その時だった。淳史が踏切内の途中で躓き膝を付いたのだった。
淳史は一瞬、冷やりとした。朝の最も混雑する時間だったからだ。
すると反対側の通路から女子高生が立ち止まり心配そうにして初めて声を掛けてきた。
「大丈夫ですか」
淳史は直ぐに立ち上がり何も無かったかのように照れ笑いしながら、
「ちょっと躓いただけなので、ありがとう」
と言うと踏切内を急いで渡ったのだ。
その女子高生もホットする間もなく踏切内を反対方向に急いで歩いた。その直後に遮断機が降り上り線と下り線の電車が連続して通過したのだ。遮断機が上がり淳史は振り返って反対方向を見ると、その女子高生の姿は無かったのだ。それが菜緒とのきっかけだった。名前は住本奈緒と言い16歳の高校2年だった。
 
その後、奈緒と急に親しくなったのは学校帰りに立ち寄った八百屋さんだった。
淳史は狭い店内を手に籠を持って下を見ていると奈緒もバッグを抱えて入って来たのだった。お互いに知らずに下を見ていると背中同士が触れたのだった。淳史は振り向くと奈緒だった。
「あの時は、どうも」
と最初に挨拶をしたのが淳史だった。
「足は大丈夫でしたか」
と今度は奈緒が聞いた。
「不注意で躓いただけで…」
と淳史が言った。
 
すると奈緒の手が陳列台に置いていたトマト籠に伸ばそうとした。すると偶然にも淳史の手も伸びてお互いの手と手が触れたのだった。その瞬間、手を引っ込めてお互いに譲ったのだった。そして初めて顔を見合わせたのだった。純情な淳史は照れて何も言えなく、逆に女性の奈緒の方は驚いた様子だったが内心は喜んでいるのが表情から見えたのだ。淳史は自炊の為に、奈緒は入院中の母に代わって家族に料理を作る為だった。
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